Seoul(韓国)- 東京(日本)
昨夜はさすがに目がさえて、なかなか寝つけなかった。 帰国した後のことがあれやこれや勝手に頭の中に浮かんでくるのだが、うまく想像力が働かず同じ事が何度もグルグル回るばかり。 ま、先のことを考えてもしょうがないよな、とあきらめた瞬間に睡魔が襲ってきた。 で、今朝は午前7時起床。 ホテルをチェックアウトし、ロッテホテルの前から出る空港バスで空港に向かう。 ソウルは気持ちのいい快晴の朝だ。 ...
昨夜はさすがに目がさえて、なかなか寝つけなかった。 帰国した後のことがあれやこれや勝手に頭の中に浮かんでくるのだが、うまく想像力が働かず同じ事が何度もグルグル回るばかり。 ま、先のことを考えてもしょうがないよな、とあきらめた瞬間に睡魔が襲ってきた。 で、今朝は午前7時起床。 ホテルをチェックアウトし、ロッテホテルの前から出る空港バスで空港に向かう。 ソウルは気持ちのいい快晴の朝だ。 ...
昨夜は「第2回世界一周チャット in ソウル」と銘打ってウィーン以来のチャットを開催。 アメリカや日本の方々はもちろんのこと、プラハでお世話になった直子さん、ウィーンでお世話になったMinakoさん、さらにはバンコクでお世話になったタガミさんも顔を出して下さって大感激だった。 アクセスカウンターが回ったり、メールをいただいたりして、たくさんの方が旅日記を読んで下さっているのは感じていたが、リアルタイムで会話ができるというのはまたひと味違う。 「今、そちらは何時ですか?」という質問への答えで世界各地の人が同じ時間を共有しているのが実感できる。 テレビの同時中継なんかよりずっとリアルな感覚をいとも簡単に実現してしまうインターネットっていうのは本当にすごいメディアだと思う。 ...
昨夜は久しぶりに朝までネットサーフィンにはまってしまい、目が覚めたのは昼近くだった。 シャワーを浴びて、さっそく街歩きに出かける。 まずやってきたのは中央郵便局。 めでたく参加者が100名に到達した「世界一周絵はがき大作戦」の最後の絵はがきを投函するためだ。 ...
タイを出発してからマレーシア、シンガポール、香港、中国、台湾、そして韓国。 滞在地が首都だからというのもあるのだろうが、日本に近づくに従って街の雰囲気もだんだん東京に近くなってきているような気がする。 東欧や中東を回っていた頃の“毎日が発見”という驚きは少ない代わりに、やはり日本はアジアの一員なんだという思いを強くする。 今日はまずロッテホテルの中にある大韓旅行社へ。 韓国ではぜひ板門店に行ってみたいと思っていたのだが、場所が場所だけにツアーを扱っている旅行会社は2社しかないのだ。 ところが、日本語の流暢なカウンターのお姉さんに尋ねたところ、ツアーは10日後まで満員。 もう1社に聞いても同じだろうという。 ...
午前9時起床。 ホテルをチェックアウトし、バスに乗って空港へ。 到着したときは岩野さんのお迎えですぐバスに乗ってしまったので気づかなかったが、台北中正国際空港には日本人観光客の姿もたくさん見られ、案内表示には日本語が併記されている。 やはり台湾は日本にとって近くて近い隣国なのだ。 タイ国際航空634便は定刻より10分遅れの午後1時に台北を飛び立ち、午後4時30分にソウル仁川(インチョン)空港に到着した。 時差はプラス1時間。 ついに日本時間と同じタイムゾーンまでやって来たのだ。 ...
目を覚ますと外は雨が降っていた。 僕が台湾に着いてから毎日のようににわか雨には見舞われていたのだが、今日の雨はしばらくやみそうにない。 昼頃までインターネットをチェックしたりしてのんびり過ごし、雨が小降りになるのを見計らって街歩きに出る。 まずは二二八和平公園。 かつて日本統治時代にはここにNHKの台北支局が置かれていたのだそうだ。 ...
「僕が出演しているテレビ番組の収録があるんですけど、よかったら見に来ませんか?」 台湾で芸人として頑張っている岩野央さんからお誘いを受けたのは昨日のことだった。 日本での番組収録なら数え切れないほど立ち会ってきたけれど、外国の番組収録を見るチャンスなんてめったにあるもんじゃない。 「ぜひお願いします」と答えておじゃまさせてもらうことにした。 地下鉄駅で岩野さんと待ち合わせして台北郊外にあるスタジオへ。 ここはあのTOKIOが台湾に来たときにライヴをやったスタジオなのだそうだ。 ...
午前9時起床。 岩野さんとの待ち合わせまで時間があったので、ホテル周辺をブラブラ街歩き。 台北の中心街は看板が漢字であることとスクーターが目立つことを別にすれば東京の繁華街に似ている。 歩いている人たちも見た目は日本人と変わらないし、僕もすっかり街にとけ込んでいる気になっていたら、なぜかお店の人には片言の日本語で声をかけられた。 う~む、どうやら僕には分からない微妙な差があるようだ。 岩野さんが迎えに来てくれて、今日はまず西門町というエリアへ。 ここは台湾の若者、特に中高生が集まる繁華街で、流行の発信地。 東京でいえば渋谷か原宿といったところだろうか。 カジュアルなブティックやファーストフード店が並んでいる。 ...
とうとう香港を後にする日がやって来た。 「あと1週間でも2週間でもいていいですよ」とEricは言ってくれるけれど、香港はあまりに快適すぎて、ここで帰らなければいつまでもヌクヌクと滞在してしまいそうだ。 「日本のテレビは10月が改編だから、それまでに帰らないと仕事がなくなっちゃうんだ」というのを口実にして無理やり出発することにしたのだった。 香港は今日も朝から雨が降っている。 Ericは通勤路をわざわざ遠回りして空港バスの停留所まで見送りに来てくれた。 L.A.のLanguage Exchangeで出会ってから1年8ヶ月。 お互いの言葉を教え合ううちに本当に心を許しあえるようになった数少ない友人の1人だ。 僕は英語に関してデキの悪い生徒だったが、Ericは日本語の優等生。 今回僕がプレゼントした漢和辞典もすでにしっかり活用してくれている。 ...
「日曜日は仕事が休みなんで、もしよかったら車で香港をグルッと1周ご案内しますよ。Ericさんも一緒にいかがですか?」 おとといお会いした小山さんから電話がかかってきたのは昨日のことだった。 いくら香港が小さいといってもバスや電車ではなかなか行きにくい場所がいくつもある。 「ぜひ、お願いします」と答えてご厚意に甘えさせていただくことにした。 朝食を食べて、まず向かったのは落馬洲の展望台。 ここは香港と中国の国境で、川をはさんだ対岸には深センの街が見えることで有名だ。 上海や北京と同じく経済特区である深センには高層ビルが建ち並び、香港北部の農業地帯と好対照になっている。 「初めて香港に来る人を空港から目隠しでここに連れてきたら、どっちが香港でどっちが中国か分かりませんよねぇ」という小山さんの冗談が冗談に聞こえないほどだ。 “一国二制度”を分かつ“国境”には高い壁と鉄条網が横たわっていた。 ...
うぉお、僕の旅も4月1日にL.A.を出発してからついに6ヶ月目に突入してしまった。 出発するときには“人生最後の春休み”だと思っていたのがいつの間にか“夏休み”になり、その夏休みも終わってしまったのにまだ帰国せずにダラダラしている。 だが、残すところあと2ヶ国。 さすがにゴールが見えてきて、嬉しいような寂しいような気がしている。 そんな旅の154日目はEricのこんな一言で始まった。 「スズキサン、ハト、タベタイデスカ?」 ハトって鳩のことだよね? さすがは中華料理、やっぱり食べるんだね、鳩(笑)。 ...
午前8時起床。 会社に出かけるEricと一緒に街歩きに出て、今日はまず尖沙咀(チムシャツォイ)へ。 昨日も雨が降った香港は午前中から蒸し暑い。 一方、建物の中の冷房はガンガンに効いていて、建物から一歩外に出るとメガネが真っ白に曇ってしまうほどだ。 香港を歩いていて以前から気になっていたのが、平仮名の「の」の氾濫だ。 たとえばこんな看板をあちこちで見かける。 日本人観光客が多い香港には日本語の看板もたくさんあるのだけれど、これらはそうではなく、中国語の文脈の中に突然現れているような感じがするのだ。 そもそも煎餅屋や入れ墨屋や散髪屋が日本人をターゲットにしているとは考えにくい。 以前クアラルンプールで発見したように、これは平仮名がおしゃれという感覚の中で、特に中国語の「的」に当たる部分を「の」に置き換えたんじゃないかというのが僕の推測だった。 ...
午前9時起床。 ホテルの中華バイキングで朝食をとり、チェックアウトの時間まで部屋でネットサーフィン。 北京でも上海でも街でインターネットカフェを見かけなかっただけに、ホテルの電話が使えるのはありがたい。 正午、チェックアウト。 飛行機の出発までは時間があるのだが、なにかするには中途半端。 バス停までのんびり歩き、空港に向かうことにする。 ...
目が覚めてもまだ昨夜の上海雑技団の興奮が覚めやらない。 ただ感動したというのではない。 小賢しい演出や飾り気のないショーだからこそ見えてくるエンタテイメントの本質みたいなものがちょっと分かりかけているような気がするのだ。 もう一度見たらもう少し分かるかもしれない。 いてもたってもいられず、劇場へ一直線。 今夜のチケットを買って、大事にポケットへしまい込んだ。 ...
午前10時すぎ起床。 昨日の夜遊びがたたって寝過ごしてしまい、ホテルの朝食を食べそびれてしまった(笑)。 今日はまず上海雑技団のチケットを買いに劇場窓口へ。 昨夜、豊田さんと嵩井さんに「直前だとたま~に売り切れということがある」という話を聞いたので、念のため今日の夜のチケットを昼のうちに買っておこうと思ったのだ。 早く来たのがよかったのか、席がなんと前から3列目。 これで安心して夜まで街歩きができる。 ...
午前9時起床。 ホテルの朝食は中華のバイキングでなかなかおいしかったが、食堂でお客さんたちが食べている間も従業員はテーブルに腰掛けてペチャクチャ大声で話しているあたりが中国らしい。 なにしろ経済特区として市場主義的手法が導入されるまで“サービス”という概念はなかったのだから。 今日の街歩きもまずは南京路から。 ここは中国人にとっても観光名所らしく、あちこちで写真を撮っているグループを見かける。 ...
午前9時起床。 メールをチェックしてホテルをチェックアウト。 バスに乗って空港へ。 北京~上海は国内線だというのをすっかり忘れていて出発の2時間も前に到着してしまった。 中国東方航空5102便は定刻より10分遅れて北京を離陸。 約2時間のフライトで上海虹橋国際空港に到着した。 ...
ここに来る前から僕が知っていた北京の見どころといえば、天安門広場と万里の長城の2つだけ。 後のことはまったく考えていなかったのでガイドブックをパラパラめくっていたら「廬溝橋」という文字が目に留まった。 日中戦争勃発のきっかけになったあの「廬溝橋事件」の廬溝橋だ。 勝手にもっと北東にあると思い込んでいたのだが、なんと北京郊外にあってバスで行ける距離らしい。 しかも、近くには抗日戦争紀年館もある。 ちょうど歴史教科書が問題になっていることだし、せっかくだから見に行ってみよう。 ...
午前8時起床。 今日の目的地は万里の長城。 日本語ガイド付きのバスツアーもあるらしいのだけれど、ちょっと予算オーバーだったので、旅遊バスという地元の観光バスを使うことにした。 僕以外の乗客は100%中国人。 移動の間ずっとガイドさんがなにかを説明しているのだけれど、当然のことながら中国語で僕にはさっぱりなんのことだか分からない。 ...
午前9時起床。 ホテルの延泊手続きを済ませ、空港でし忘れたリコンファームをするため航空会社のオフィスへ。 ここではかろうじて英語が通じたが、北京はこれまで旅をしてきた中で有数の英語が通じない街だ。 ホテルのフロント、スーパーマーケット、レストラン、観光地のチケット売場など、比較的ツーリストが来そうなところでも英語を流暢に話す中国人はほとんどいない。 もちろん、郷に入らば郷に従えであって、彼らに英語を期待するのは虫のよすぎる話だ。 僕も大学の第二外国語と雀荘で覚えた怪しげな中国語とボディーランゲージを駆使してなんとかコミュニケーションをとっているが、これがなかなか面白い。 そして意外に通じるのが漢字による筆談。 「バスはどのくらいの間隔で走っていますか?」なんていう質問を「巴士、毎何分?」なんて書くわけだ。 日本人が漢字を使うと思っていないのだろうか、僕がスラスラと漢字を書くと驚く人が多いのがまた面白い。 ...