目を覚まして枕元の時計を見たら5時を指していた。
「疲れてるのにどうしてこんなに早く目が覚めちゃうんだよぉ」と薄暗い部屋でモソモソやっていたら、ふと気がついた。
ン?朝の8時に寝てどうして朝の5時に目が覚めるんだ!?
しかも、頭はやけにすっきりして寝不足のみじんもない。
慌てて別の時計を見ると、なんと「17:00」。
アハハ、午後5時か。
そりゃ9時間も寝れば頭もすっきりするわなぁ(笑)。 昨夜はホームページの全面改装をやった後、ベッドに入って読み始めた本がやめられず、眠りについたのはすっかり明るくなってからだったのだ。
こんな生活でいいのかなぁ。
というわけで、先週勝治から借りた「野獣系でいこう!!」(宮台真司/朝日新聞社)、「戦争論」(小林よしのり/幻冬社)「戦争論争戦」(小林よしのり×田原総一朗/ぶんか社)の3冊をやっと読了。
どれも話題の本で気になってはいたのだけれど、特に「戦争論争戦」は読んで考えるところがあった。
ひとつはアメリカという国について。
この国は国内については多様性をよしとし様々な価値観を尊重する建前があるけれど、ひとたび舞台が世界になると国益を盾に自国の価値観を押しつけてくるところがある。
クラスメイトと議論していても同じだ。
日本的美徳で沈黙を守っていたのではダメで、自己主張して初めて聞く耳を持ってくれる。
アメリカに1年半暮らしていてずいぶん慣れたとはいえ、それでも彼らの流儀に違和感を感じることは多い。
すべてアメリカナイズされてしまえば簡単なのだが、どこかでそれに抵抗する日本人の自分がいるのだ。
日本を離れ日本を相対化することで、日本の良い点も悪い点も発見することがある。
たぶん、こちらに来る前に読んだら、そんなことはあまり気にならなかったのかもしれないけれど。
もうひとつは世代間の価値観の違いについて。
“戦後民主主義”を全面的に肯定する田原氏は1934年生まれ。
それを全面的に肯定はできないと論ずる小林氏は1953年生まれ。
尊敬する放送作家の大先輩(どちらかといえば田原氏に近い)が以前、酒の席でこの本について「田原総一朗が小林よしのりを論破できないのが悔しい」とこぼしていたのを思い出したのだ。
どちらが正しいとか間違っているとかは別にして、「悔しい」と思えるほど共感できる世代の価値観を持っていることをうらやましく感じたのを覚えている。
1967年生まれの僕はこの本を読んでどちらにも心から共感できず、フワフワと中途半端なところをさまよっているような気がしてならないのだ。
う~ん、頑張って書いてみたんだけど、言いたいことがうまく書けない。
筆力のなさをしみじみと感じるなぁ…。