午前11時起床。
インターネットをチェックすると、何と1ドル=120円!
うそだろぉ!?
昨日電話がつながらなくてラッキーだったが、Citibankへの電話は今日も一度もつながらない。
イライラするなぁ。

落ち着いたところで宿題のエッセイにとりかかる。
何でもいいから英語の文章を読んでそれに対する感想をまとめるという課題なのだが、まず元になる文章を探すのがやっかいだ。
Los Angeles Timesの見出しを片っ端から見ていても日本語と違いスラスラと頭に入ってくるわけではない。
脳みそを使って訳すことになり、それだけでエネルギーを消費してしまうのだ。

しかも、前提となるべき知識がないのも痛い。
例えば、日本の新聞に「銀座」という地名が出てくれば「首都東京の中心地」「土地が高い」「デパートや高級ブランドの店」「接待に使われるような高級飲み屋」「映画館」「歩行者天国」といった地名に付随する情報が当然、頭の中に入っている。
こうした前提情報をその記事の一部とつなぎ合わせることができるから理解が早いのだ。

ところが「Wilshre」という地名に付随する情報を僕がどれだけ持っているというのだろう。
人名が出てきてもその人のことを知らなければ記事がほとんど理解できない。
そんな中から興味深い記事を探せというのは難問きわまりないのだ。

結局、選んだのは「L.A.のホテルの回転率が下がり、料金が高くなっている」という経済記事。
これなら「ホテル」という一般論に持っていきやすい。
「バンコクのオリエンタルホテルに泊まったとき、ドアマンが僕の名前を覚えていたのに感動した」というエピソードをこと細かく説明して、「ホテルはその街を訪れる人にとって街の印象を決める影響力を持っている」と展開。
「我が街(!?)L.A.のホテルが素晴らしいサービスで訪れる人たちに良い印象を与えることを望む」とまとめ上げる。
ふう、いっちょ上がり!

ここだけの話だが、英語の授業のエッセイに必ずしも本当のことを書く必要はないんじゃないかと思う。
(おっと、大胆な意見!)
要するに筋が通っていて説得力があればOK。
その上、読んで面白ければ言うことなし。

今日のエッセイで言うと、オリエンタルホテルでのエピソードは事実だが、L.A.のホテルのサービスなんて知ったこっちゃない(笑)。
でもこれを読む教授はL.A.に愛着があるだろうから「そうだ、そうだ」と共感してくれるに違いない。
もちろん、英語以外のクラスで書く論文はこうはいかないのだが。

エッセイの後はひたすらオンラインマガジン制作の宿題。
記事の中から外部にリンクできそうなワードを探してどんどんリンクを張っていく。
けっこう時間がかかってしまったが、なかなかいい出来だと思う。