午前9時起床で学校へ。
New Direction in Electronic Mediaの授業だ。

まずは先週の積み残しで人工知能について。
Gotthoffer教授は「Eliza」というソフト(おそらくフリーorシェアウェア)を立ち上げてデモンストレーションする。
これはコンピュータがカウンセリングをしてくれるというアプリケーション。
プレイヤー(っていうのか?)が打ち込む文章に応じてコンピュータが臨機応変の受け答えをしてくれるのだ。

数人が次々とキーボードの前に座り“相談”する。
これがなかなかよくできていて、多少の無理はありつつも会話自体はきちんと成立するのだ。
最初は「セックスについて聞こうぜ」なんてちゃかしていたクラスメイトが最後はモニターに釘付けになっていたりして面白かった。

後半はインターネットの規制問題について。
MarikoちゃんとElainのプレゼンテーションの後、ディスカッションに入る。

予想通り、アメリカ人のクラスメイトたちの多くは表現の自由は最大限に尊重されるべきだと考えていた。
ドイツでは法律で禁止されているネオナチのサイトを放置したとしてCompuserveドイツ法人の責任者が当局に拘置されたという話が出ると、「それは人権の侵害だ!」と反応する。
逆にアメリカで(一部を除いて)禁止されているカジノやチャイルドポルノがOKの国もあるんだという話になると発言は少なくなる。

時々感じることだけれど、アメリカという国は自分たちのやり方に自信を持ちすぎていて他の価値基準に対する想像力が働きにくくなっているんじゃないのかな。
例えば日本に観光で来たアメリカ人が徹頭徹尾英語で通そうとするのもそういうことなんじゃないだろうか。
自国内の多様性については重視しているというのに。

そんなアメリカにインターネットの規制を任せてちゃいけない、文化の多様性を訴えなくては、と僕も日本のチャイルドポルノ事情について1回発言(笑)。

僕は世界中の国々が一致できるルールを議論すべきだと思っていた。
それはおそらく普遍的で最低限の規制になるだろうと。
がしかし、今日気がついたのは、それを誰が規制できるのだろうというという疑問だ。

インターネット上の情報は量が多すぎる。
それに昨日存在した情報が今日は消えているということもしょっちゅうだ。
そんなうつろいやすい情報をいったい誰がモニターし、取り締まることができるだろう。
プロバイダーにその役目を押しつけるのは筋違いというものだ。
まさか秘密警察や密告制度でも作るのか?
そりゃ、無理だ。
つまり、たとえ規制が成立したとしても実効性に欠けること甚だしいということ。
それとも技術の進歩はそんな取り締まりさえ可能にするのか?
なんかヤだなぁ。

Midterm Paperが返却される。
95点。
よしよし。

授業の後、Office of Admissions & Recordsへ。

成績証明をUSCに送ってもらう手続きをする(2通で$6.00)。

午後4時、USCのオフィスでShelia Murphy教授と面会。
なんだかもういろんな教授と会うのがめんどくさいなぁと思っていたのだけれど、今日は来てよかった。

僕が見せたエッセイを読んだ彼女はおもむろに赤ペンを取りだして添削してくれたのだ。
中でも役立ったのは「具体的な科目名を書いて『僕はこの授業のこんなところに興味を持っている』と書いた方がいいわ」というアドバイス。
「それが『なぜUSCなのか』という答えにもなるし、担当教官にあなたを印象づけることができるわ」
ふ~む、なるほどね。

例によって「GREの点数は厳しいわね」と一言。
「エッセイは印象に残るし他の条件は揃っているんだから受け直しなさい」
お世辞じゃなく僕に興味を持ってくれているのは分かるんだけど、Verbalで500点取るっていうのは至難の業なんだよなぁ。
やっぱり、聴講生で潜り込むしかないのかな。