午前9時起床で学校へ。
今日のL.A.は快晴!
フリーウェイを北に向かい山を越えるとバレーの日差しは完全に夏!
女の子だったらきっとUVカットの化粧品を塗りたくるに違いない陽気だ。
ということで、駐車場に停めた車に今年初めてサンシールドを取り付ける。
キャンパス内にはノースリーブの女の子がチラホラ。
(車じゃなくてそっちの写真を撮れって!?)
今年もバレーに“地獄の夏”がやって来た。
New Direction in Electronic Mediaの授業は先週積み残したインターネット(遠隔)学習についての考察から。
電子化された人間にアイデンティティーを感じ取れるかどうかが問題となる。
ここでGotthoffer教授が持ち出したのが日本の「仏壇」(「墓地」ではない)。
死んだ人の肉体はないけれど精神の象徴はそこに存在する。
だから家族は仏壇にお供えをし、毎年お盆には祖先が帰って来ることになっている。
その考えを多くの人が共有することによって「仏壇」は祖先とのコミュニケーションの場となるわけだ。
この「仏壇」というコンセプトは仏教徒じゃないアメリカ人には理解しにくいらしい。
つまり、祖先の存在を「仏壇」という形で表現するのは日本文化(他の仏教国もかな?)に特有の象徴化作業であり、決して普遍的なものではない。
アメリカ人に言わせれば「バーチャル墓地」に過ぎないのだ。
だとしたらインターネット上の「バーチャル墓地」が成立しないいわれはない(いや、実際にそういうwebがある)。
要はコミュニティーの大多数がそのコンセプトを共有するかどうか、なのである。
ってなことを説明していた(ように思う。としか言えないところが情けないなぁ)。
今日の発言は1回。
先週提出したファイナルペーパーの骨子が返却される。
「12~15ページのペーパーには入りきらないぞ」との評価。
そりゃ、そうだ。
これから絞り込みの作業に入らなければ。