正午起床。
カゴいっぱいにたまった洗濯物を抱えてランドリーに行こうと部屋を出ると、空が青いこと、青いこと。
しかも風はさわやかに吹き渡り、2月だというのにL.A.はもうすっかり春めいている。
あ~、遊びに行きたいっ!
どこか海の見えるテラスでお茶でもいただきながら、ゆるりと読書してのんびりしたいぞ、コノヤロー!
と思わずにはいられないほどの天気なのだ。
がしかし、僕には山盛りの宿題がある。
同じ読書でも狭い部屋の中でひたすら辞書を引きながらのリーディングだ。
「アメリカのテレビの1カットは平均3.5秒。視聴者の感覚に訴えるメディアである」
「大統領選挙であれ殺人事件であれ、テレビの手にかかれば全てはエンタテイメントになる」
賛成。
僕もそう思う。
ただ、著者はこれによって現代の文化から「考える」傾向がなくなる懸念を示しているけれど、僕はそうは思わない。
視聴者はそんなにバカじゃない。
一日中テレビを見ているだけじゃないのだ。
どんなにテレビが普及してもラジオも新聞も本も絶対になくならない。
僕らは多様化したメディアの選択肢から目的に応じて適切なものを自由に選べばいいだけだ。
ただし、もはやメディアを黙って信頼する時代ではないと思う。
情報の受け手側がメディアに常に疑いを持って接し、真偽を見極めるリテラシーが必要だ。
その無言のプレッシャーが送り手にいい意味での緊張感をもたらし、情報の質を高めることにつながると思う。
というわけで、宿題となっていた15ページはなんとか読了。
これからインターネットでスピーチのネタを調べなければ。
笹生さんから阪神淡路大震災のVTRが見つかったとのメール。
本当にありがたいと思う。