案の定眠れずに、睡眠不足だ。
珍しく朝から雨らしい雨が降っており、フリーウェイをいつもより慎重に走って学校へ向かう。
L.A.ではアスファルトより滑りやすいコンクリートの路面が多いのだ。
New Direction in Electronic Mediaの教室に入ると教授がThink Pieceのトピックが書かれた紙を配る。
この中から自分の好きな議題を1つ選び、賛成あるいは反対の立場でプレゼンテーションしろということらしい。
お題は全部で11個(カッコ内はプレゼンの日付)。
経済の本質から考えて、我々に消費を煽るテレビの発展は必然的である。(2/23)
テクノロジーでありメディアであるテレビは我々の対人コミュニケーション技能にポジティブな影響を及ぼす。(3/2)
政府はテレビを規制し過ぎであり、もっとコンテンツの送り手に任せるべきである。(3/9)
インターネット上の情報はより取りみどり(context free)で、人々に何を信じるかの選択肢を与えている。(3/16)
インターネットを何かに例えて説明せよ。(3/23)
メーリングリストとニュースグループはより良い人間関係とコミュニティー感覚をもたらす。(4/6)
将来、インターネット教育(遠隔教育)は教室や本中心の教育に取って代わるべきである。(4/13)
インターネットは現在、明らかにプライバシーに対する脅威となっている。(4/20)
我々は自分の人生を解釈する作業をコンピュータに任せつつある。(4/27)
アメリカ政府は国際的機関の1つとしてインターネットの管理、規制、運営とは無関係である。(5/4)
インターネット発展の歴史は特殊ではなく、他の新しいテクノロジーと同じである。(5/11)
1つのトピックにつき賛成、反対は1人ずつだから選ぶのは早い者勝ち。
まあ、どれも興味がある問題だしゲームとしてのディベートだから何でもよかったのだけれど、3月23日の「インターネットを何かに例えて説明せよ」を選んだ。
これなら自分が知識を持っている分野に焦点を絞れば特別な資料集めをしなくても済む(と思う)し、このトピックだけ賛否対論ではないから言いっ放しにできるかな、と(甘いか!?)。
この日はMidterm Paperの締め切り日だから、早めに準備しなければなるまい。
で、今日の授業はさっそくディスカッション。
テーマは原爆の技術を開発したナントカという科学者の「テクノロジーは中立である」という発言についてだ。
これまでの授業でも気づいていたけれど、アメリカの学生はホントに積極的に発言する。
「オマエ、そんなのわざわざ手を挙げて言うことか?」というようなことでもどんどん割り込んでくるのだ。
僕はといえば「例えば猿や犬にとって自動車という技術は便利でも危険でもない。そこに人間が乗って移動するから人間にとって便利なのであり、人間が乗って事故を起こすから人間にとって(猿や犬にとっても!?)危険なのだ。よってテクノロジー自体は中立である。技術がもたらす善悪は人間の利用法によって生まれる別次元の価値観である」という意見。
が、情けないことに一言もディスカッションに加われなかった(泣)。
前の発言の内容を頭の中で訳している間に議論が先に進んでしまい、タイミングを逸してしまうのだ。
時間にしたらほんの1秒か2秒なのだが(おおっ、それでも先学期よりは格段の進歩!(笑))、このタイムラグは意外に大きい。
国際生中継でスタジオのキャスターと中継先のリポーターの会話がかみ合わないのに似ている。
インプット側だけでなくアウトプット側のタイムラグも大きい。
日本語の場合、話すことと考えることはある程度同時に進行できる。
が、英語だと話し始める前にある程度の英作文が頭の中でできていないと口が動かなくなってしまうのだ。
英会話学校のマンツーマンレッスンなら先生が僕の沈黙を待ってくれるけれど、この教室ではわずかな沈黙にクラスメイトがどんどん割り込んでくる。
まったく情けないよなぁ。
ふと10年前のあるラジオ番組の企画会議を思い出した。
まだ駆け出し放送作家だった僕は一言も発することができずに毎週2時間、会議室のいすに座っているだけだった。
今週こそは何か意見を言ってやろうと準備していながら、いざとなると口が動かない。
今から思えば自分の企画に自信がなかったんだということがはっきり分かる。
「『自信』の根拠として最も確実なものは『努力』である」
というのがこのところの僕のモットー。
う~む、まだまだ修行が足りないな(苦笑)。