午前8時起床。
安藤さんを見送りに空港へ。

外国航空会社の飛行機が発着するTom Bradleyターミナルには卒業旅行らしき日本人大学生がたくさん行き来し、修学旅行と思われる制服姿の高校生も搭乗を待っていた。
そうか、旅行シーズンなんだ。
僕もどこかに行きたいよなぁ。

だが、僕には山積みの宿題がある。
アパートに帰ってきて、勉強だ。

まずは木曜日が〆切になっているRTVF461のWritten Assignment。
「新しいプログラミング(スクリプト)言語を学ぶにあたって、キミのPhilosophyを述べよ」というのがお題だ。
まずは日本語で構成を考える。

言語は最も効率的にコミュニケーションするためのツールである。
言葉以外の手段、たとえばジェスチャーや絵でも意志を伝えることはできるかもしれないが、抽象的すぎて正確さに欠けることが多いだろう。
情報の送り手と受け手がある記号から共通の概念を想起できる言語こそが最も効率的なコミュニケーションを可能にするのである。

新しい言語を学ぶということはその背景にある文化を学ぶことでもある。
新しい語にはそれまで自分が認識したことのない概念が内包されていることがままあり、そのような場合には特に慎重な理解が必要である。
もちろん、言語を体系的に理解するためには正しい文法を理解しなければならない。

こうしたことはプログラミング(スクリプト)言語を学ぶにあたっても全く同様である。
特に現段階では人間より融通の利かないコンピュータが相手であるから、正しい文法は必要不可欠と言える。

ただし、言語そのものに必要以上にとらわれてはならない。
最も重要なのはその言語を用いて表現する「何か」であり、言語はそれを実現するための手段でしかないのだ。

さすが、英語という「新言語」で苦労しているだけあって、こういう能書きはスラスラと出てくる(笑)。
そういえばどこかの大学の願書に「あなたが使える言語(コンピュータ言語を含む)」という項目があったのを思い出した。

で、この構成を元に英語で書き始めたのだが、作業は思ったよりも順調に進む。
こういう文章を書いていて思うのは、英語という言語は論理的な文章に向いているよなぁ、ということ。
僕はまだまだそんなレベルではないけれど、学術論文や他人を説得する力強いスピーチにはもってこいだろう。

一方で、情緒的なワビサビを表現するにはどうなのだろう。
達人になると英語で心のひだひだを描くのは簡単なんだろうか?
英語の歌の歌詞はストレートすぎて余韻ってもんがないよなぁ、と感じているのは僕だけなのだろうか?
それとも英語を使う文化では情緒の動きが日本人よりシンプルなのだろうか?
身近なアメリカ人の言動を見ていると、それもなくはないかもしれないぞ、と思わされるのだけれど。

イヌイット(エスキモー)の言語には「雪」を表す語が数十種類あるという。
「僕」「オレ」「おいら」「私」「あたい」「我が輩」「我」「うち」「朕」…。
これって英語だと全部「I」で済んじゃうんだよなぁ。