午前5時45分起床。
モーニングコーヒーならぬモーニング麦茶を飲みながらチャットに参加する。
これまでのチャットはすべて旅先からだったが、今回は自宅からなので腰を落ち着けて参加することができた。
不思議なもので、何度もチャットで話していると、一度も会ったことがないのにすっかり友だち気分。
1時間があっという間に過ぎてしまった。
「アメリカ大陸横断ドライブ」は終わってしまったけれど、またいつかこういう機会を作れたらいいなと思う。
参加して下さったみなさん、どうもありがとうございました。
チャットが終わったとたんにまた睡魔が襲ってきて、ベッドへ。
起きたのはいつもと同じ昼過ぎだった(笑)。
「英会話スーパーレッスン30分 1日30分・1ヵ月で身につける553の生活表現」は10日目まで終了。
アメリカで1年も暮らしていれば当然身に着いていてしかるべき表現も意外に抜け落ちていることが分かって落ち込むことも多いのだけれど、それを確認できるだけでも意味があるんだと自分に言い聞かせる。
あまりに悔しいので、今日から単語帳をつけることにした。
かつてやっていた“テレビ集中視聴法”も再開。
ビデオで何回も見たドラマ「FRIENDS」の再放送を見ていたら、これまで笑えなかったところで笑えた!
おおっ、僕の耳も少しは進歩しているみたいだぞ。
それともキャプションを追う目が進歩したのかな(苦笑)?
「WIRED」を読もうとしたはずなのに手に取ったのはなぜか「33人のサイバーエリート」の方だった。
出版社はハリウッドの映画会社がやってきたように、既存のコンテントを使いまわしてコンテントプロバイダになろうともくろんでいるようだが、これは馬鹿げている。(中略)これがうまくいかないのは、すでに証明ずみだ。インターネットには通用しない。インターネット上ではコンテントは最終結果ではないからだ。コンテントは会話とコミュニティを活性化する原点にほかならない。
(マーケティングマン……テッド・レオンシス)
ちょうどチャットをやったばかりだったので、素直に頭の中に入ってきた。
「Los Angeles留学日記」は僕にとっても最終結果ではない。
もし読んでくれた人たちとのコミュニケーションが皆無だったら、ここまで書き続けて来られたかどうかさえ怪しいもんだ。
同じことを別のサイバーエリートも書いている。
インタラクティビティの第三の利点は、おそらくこれがもっとも重要だろうが、同じコンテクストを共有する他のユーザーと接触できることにある。もはや孤独な消費者でも、一方的放射を受ける受け皿でもない。ある特定のコンテントを昨日経験した、いま経験している、明日経験する誰かとつながっている。コミュニティーの一員となり、コンテントの制作者や提供者だけでなく、そのコンテントに関心を持人々すべてと語りあえるのだ。インタラクティブな行為を通じてコミュニティーが育つのが、この新しい媒体の強みだ。ある作品、テーマ、傾向、考えに関心を持った人たちが集まることによって、作品は進化し、参加者を魅了しつづける。
(山賊……ルイス・ロセット)
頭の中で漠然と感じていたことをうまく言葉で説明してもらった感じだ。
受動的な消費者にコンテントを売るのではなく、消費者が能動的になって、互いに語りあえるコンテクストを創造することにこそ、真の未来がある。作者、読者、出版社のいずれにとっても、物質の世界からビットの世界に変化する時代にあって重要なのは、凍りついたコンテントではなく、絶えず流れつづける語りなのだ。
(市民……ハワード・ラインゴールド)
インターネットが既存のメディアと異なり、もっとも大きな可能性を秘めているのもこの部分だと思う。
マルチメディア・エンタテイメント職人を目指す僕としては絶対に外すことができないポイントだ。
ちなみに、この本の原書である「DIGERATY」が出版されたのは1996年。
日本で翻訳版が出たのが1998年4月だから、約2年のタイムラグがある。
もちろん、当時から日本でも同じことを考えていた人がいないわけではなかっただろうけれど、少なくとも社会的に大きな議論になったという記憶はない。
今ではかなりその差が縮まっていると思うが、やはりアメリカはデジタル先進国なのだ。
もっともっと新しいメディアについて知りたい。
大学のカリキュラムに反映されるまでにはまだ少し時間がかかりそうだから、せめて最新の議論を聞いたり読んだりしたい。
となると、課題はやっぱり英語なんだよな(笑)。